五十の手遊び 佐藤拓夫のライター徒然草

2022年5月に50歳になるのを機にエッセイをしたためるブログを始めました。10年続いたら祝杯をあげよう。

《カケルスクール詐欺事件》をめぐる若干の考察(Part 2)

昨年の12月に、ライタースクール《カケルスクール》をめぐる詐欺事件に関するエントリを書いた。

hatesatetakuo.hatenablog.com

前回の記事から10ヶ月、事件から1年が経過したのを機に、あらためてカケルスクール事件を振り返ってみたい。

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カケルスクールの代表者であり、スクール運営元の株式会社諸花(以下「諸花」)の代表取締役である山原和也(以下「山原」)は、廃業直後の10月1日に行った生徒へのZoom説明会で、「顧問弁護士に依頼してただちに破産手続きに入る。資産は生徒に分配する」と話していた。果たして本当に破産したのだろうか?

裁判所による破産手続開始決定が出るまでの時間は事件の規模次第だ。カケルスクールの場合、債務の種類が決まっていること、債権者である生徒やスタッフの情報はスクール側がすべて把握しているはずであることをふまえると、申立書類の準備期間を最大限考慮しても3ヶ月あれば足りる。したがって、山原が言うように2022年10月1日からただちに準備を始めたのだとすれば、2023年1月中には破産手続開始決定が出ていないとおかしい。開始決定から2週間もあれば官報に公告が掲載されるので、2022年10月から2023年2月までの官報情報をチェックすれば、「ただちに破産手続きに入る」という山原の説明の真偽がわかる。そこで私は、官報の有償検索サービスを利用して、山原個人または諸花が本当に破産したのかどうかを調べてみた。

search.npb.go.jp

検索キーワードは、「山原和也」「株式会社諸花」に加え、奈良県にある諸花の所在地と、念のため諸花が創業当時に事務所を登録した大阪の所在地も含めた。検索期間は、2022年10月1日から現在まで(2023年10月13日)とした。

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結論としては「否」であった。山原個人の名前も、諸花の社名も官報に掲載されていない

 

「山原和也」で検索してもヒットしない

 

「株式会社諸花」でもやはりヒットしない。奈良県および大阪府の諸花社所在地で検索しても同様だ

ちなみに、指定キーワードが検索にヒットすると、次の画像のように表示される。

これで明らかになった。「ただちに破産手続きに入る」という山原の言葉は、詐欺の意図を隠し、被害者である生徒からの責任追及を交わし、逃亡時間を稼ぐためについた《嘘》だったのだ。山原は、生徒から受講料を詐取するためにカケルスクールを運営し、狙い通りに多額の受講料をだまし取り、逃亡したのである。

山原による説明会のあと、被害者である生徒有志は、なんとかスクールおよび山原の動向をモニタリングしようと情報交換につとめていた。なかには、諸花が事務所を構える奈良県内の税務署や県警に問い合わせた人もいた。それによると、税務署からは「詐欺事件の匂いがある。県警に相談を」との助言をもらったので、わざわざ奈良県警に相談したという。県警は「関連資料を集めて持ってきてほしい」と指示したが、相談した方は奈良県から離れた場所に住んでいたため断念したらしい。その後も山原やスクールの動向をチェックする動きがSNSを中心に続いていたが、決定的な打開策は見いだせず、年を越すころになるとあきらめムードが支配的になった。

スクールが集めた生徒数は、一説によると300名に達していた。生徒は約28万円の受講料のほか、カリキュラム完了後にフォローアップ代として月3万3千円の月謝を支払ったという。カリキュラムを9月に終えた生徒の中には、フォローアップ代を支払ったものの、仕事をもらうこともできないまま廃業を知らされた人も少なからずいた。スクールがスタートしたのは2022年の3月で廃業したのは9月だから、活動していたのはたった半年間である。スタッフへ支払った半年分の給料はたかが知れている(そもそもスタッフへの給料の支払いも滞っていた)。また外注していた営業の規模も小さかったから、スクールが集めた金に比べれば経費は大した額ではない。したがって山原は、今回のスクール詐欺を通じて数千万円のキャッシュを手にしたと推定できる。

山原は、廃業を明らかにしてから公式LINEで生徒とやりとりをしていたが、1ヶ月ほど経過した後、なんの予告もなくLINEを抜けて連絡を断った(ツイッターの個人アカウントも削除)*1。当然生徒はパニックに陥ったが、そもそも生徒と山原との共通連絡手段がLINEしかなかったため万事休すである。以上の顛末を詳しくまとめたページがあるので、時系列で経緯を知りたい向きはこちらを。山原のご尊顔も拝むことができる。

togetter.com

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最後に、なぜこのような詐欺事件が起きてしまったのか、背景を考えてみたい。ここまで被害が拡大してしまった理由のうち、最も重要なのは仕事を紹介してもらうこと》に対する見通しの甘さだ。

受講生に対して仕事を斡旋する仕組みは珍しくない。ただ、カケルスクールの生徒は、本当に《仕事》を紹介してもらいたかったのか?そうではなく単なる(一時的な)《収入源》=案件を欲していたのではないか?仕事は恒常的であるのに対して、案件は暫定的である。仕事の契約は依頼主であるクライアントと直接交渉する必要があるのに対して、案件の紹介はスクールを介在した間接的な交渉で済む。したがって仕事を紹介してもらう場合と、一時的な収入源としての案件を紹介してもらう場合は、似ているようで全く違う。クライアントと直接交渉する必要のない案件は、生徒にとってもプレッシャーが少ない。警戒心が緩むので、受講するか迷っていた人にとっては、さぞや魅力的な《撒き餌》になったことだろう。

「ライターの仕事って、納品してから報酬が支払われるまでに時間が結構あくし、最初は単価も安いから、手っ取り早く稼げる案件を紹介してもらえるなら有り難いなあ」

そんなふうに考えている駆け出しのライターが、「毎月30本の高単価案件が保証されますよ。受講料もすぐに回収できます!」などと言われたら……たとえ30万円という高額の受講料でもうっかり契約してしまう人がいてもおかしくはない。反対に、ライターとして本気で自立しようと考えていたなら、本当に紹介してもらえるか確証のない(存在するかどうかも不明な)高単価案件をあてにしたりはしないだろう。

スクールで学ぶことと仕事を見つけることは別の問題であり、仕事探しは自分の責任で地道に行うべきだ。

そういう確たる自覚があれば、やすやすと詐欺の被害にあうことはなかったかもしれない。

仕事を探す場合、相当慎重な判断が求められる。たとえば自分がアルバイトを探す場合を考えてみるといい。仕事内容は自分でも可能か。職場の環境が劣悪でないか。時給などの雇用条件は仕事に見合っているか。たくさんの情報を集め、判断し、意思決定しなければいけない。カケルスクールの被害者に「仕事を探す際の緊張感」は十分にあったのか。「手っ取り早く稼げるのはとてもありがたい!」と軽く考えていなかったか。スクールでスキルを学ぶことはできるが、仕事探しや仕事そのものの厳しさを学ぶことはできない。高単価案件を紹介してもらえることがスクール入学の決め手になってしまったのだとしたら、それは《自分の仕事を決める》ということに対する見通しが甘かったと言わざるを得ないだろう。

被害者である生徒に非があると言いたいのではない。事件の原因と責任はむろん山原にある。あらゆる詐欺事件には、人間の心理をついた巧みな罠が潜んでいると言いたいのだ。どんな仕事も、努力が実るまでには相応の時間と苦労が必要だ。ライターの場合、安い単価からスタートし、少しずつ実績を重ねていくうちに単価がじりじりと上昇し、依頼が増えていく。もちろんその途中には、失注や契約の中途解除などもたくさん起きる。山あり谷ありの道のりを乗り越えた者だけが、豊かなキャリアを手に入れることができる。その過程をすっ飛ばして、「カケルスクールを卒業できれば、すぐに高単価の案件が安定して受注できる!」という根拠のない目論見だけを信じてしまった結果、300名もの被害者が、山原のしかけたトラップにまんまとハマってしまったのだ。

山原は今もどこかでのうのうと生きているだろう。ネットに名前(実名)が出てしまうような仕事は金輪際できまい。どこかの小さな会社に職を見つけて、これからもひっそり暮らしていくのだろう。受講生からだまし取った金でギャンブルや投資でもしながら。しかし、天網恢々疎にして漏らさずだ。今は逃げおおせることができても、いずれ必ず天罰をくらう羽目になる。

 

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*1:昨年までは閲覧できた諸花のHPも現在は削除されている