五十の手遊び 佐藤拓夫のライター徒然草

2022年5月に50歳になるのを機にエッセイをしたためるブログを始めました。10年続いたら祝杯をあげよう。

ライティングの“神動画”を紹介したい

日本の一部の大学では「ライティングセンター」なるものを設置している。目的は学生の文章作成をサポートすること。なぜ大学がこのような活動をしているかといえば、日本の(公立)学校では日本語の文章作成の基礎を丁寧に教える機会が決定的に不足しているからだ。

たとえば公立高校の場合「小論文」の授業はあるものの、大学入試対策が主な目的であり、日本語の文章力を土台から積み上げる内容ではないし、かといって社会で通用するような文章作成のポイントを要領よく教えてくれるわけでもない。高校入学以前の義務教育段階でも似たような状況であり、国語の授業で「作文」の時間は設けられているが、ごく限られた時間でしかない。しかも実際にどこまで有用な内容になるかは担当教員の能力と裁量に影響される。

したがって日本の高校生たちは、大学入学までに文章力を基礎からしっかり習得しようと思ったら、参考書で自習するか、私塾で学ぶくらいしか選択肢がないのだ。

文章作成の基礎を学ぶ機会が足りていない日本

私の高校時代は小論文を通年で教えてもらう機会はなかった。これは大学入試で小論文が課されるようになった時期が関係している。私が高校を卒業したのは1991年。当時、小論文を入試の必修科目に採用していた大学は少なかった。そのため高校の授業でも小論文はほとんど無視されていた。

私が受験した大学は小論文が必修だったため、大手予備校の参考書を取り寄せてパラパラと流し読みしてみたものの、文章の巧拙よりも出題テーマの分析がメインで、勉強したからといって日本語の文章力が向上できるようなコンテンツではなかった。

それから30数年が過ぎ、今やすべての公立高校で小論文の授業が必修になっている。ただ内容はやはり大学入試対策が中心で、日本語の文章作成スキルを基礎からじっくり育てる内容ではない。

要するに日本の高校教育では、(欧米とは違い)文章力の有無をあまり重視していないのだろう。学生の基礎的な文章作成能力をいかに醸成するか、文科省が真剣に考えていたなら、たとえば「エッセイ」の授業を通年で行うなどなんらかのアクションがあったはずだ。

ライティングセンターが主に扱うのは「アカデミックライティング」

このような背景もあってか、現代の大学生にとって「ある程度ボリュームがある日本語の文章を理路整然とまとめあげること」はかなり大きな壁になっている。実際、学生が提出するテストの答案をみると、内容以前に日本語のまっとうな文章として成立していない例も散見するという話はよく聞く。

そこで大学側が用意したのが「ライティングセンター(名称は大学によって異なる)」だ。センターでは教員や院生が新入生に文章作法を教えたり、学生が抱える文章作成の悩みについて相談を受けたりする*1

もっともライティングセンターが指導するのは「アカデミックライティング」がほとんどで、専攻テーマのレポートや論文を書くための作法を教えるにとどまるのが通例だ。それを知った私は「やはり日本では学生が基礎的な文章作成を学ぶ機会が足りないのか」とがっかりしてしまった。

……のであるが、見つけてしまったのである。追手門学院大学の公式YouTubeチャンネルが公開している講義動画を。

www.youtube.com

内容のあまりの充実ぶりに驚いた私は、同様の動画を公開している大学がないかと調べまくったのだが見つからなかった。

「現場出身」のプロも教員として参加

本講義の大きな特徴は担当教員(すべて追手門学院大学の教授)のキャリア。文学や教育学などの研究者に加えて、大手新聞社の編集やテレビ局のアナウンサー、企業のシンクタンク出身の方もいるのだ。実務の最前線で日本語と格闘してきたプロが、自分の経験をふまえつつ文章作成についてわかりやすく教えてくれる。公開されている動画はダイジェストや告知等を除いても34本もあり、すべて制限なく無償で視聴できる。“神動画”というほかない。

この動画を発見したのは昨年の夏頃だ。ちょうどその頃から「文章が書けない」という悩みを抱えていた私は、手当たり次第に文章術のコンテンツを渉猟しており、本動画も貪るように視聴した。本動画を何度も復習し、実践を重ねていけば文章作成の要諦はがっちり身につくだろう(コンテンツとして不足がまったくないとは言わないが)。

以下に全動画のテーマを抜き書きした*2。小論文やアカデミックライティングを超えた普遍的な内容であることがわかると思う。難解な内容は一切なく、高校生でも十分に理解できる。

 

(2017年度 第1回〜第7回)

  • 書けないことは怖いこと。文章力が要るワケは?
  • 本当は怖い、書き間違いや読み間違い
  • 「係り」と「受け」の不対応について
  • 日本語表現の仕組みを眺めてみようー明快な文章を書くためにー
  • 文字の書き分け~話し言葉で書いていませんか?
  • 簡潔な文章を心がけよう
  • 「は」「が」から見える日本語の構造

(2018年春 第1回〜第8回)

  • 文章には型がある ~Discourse Markerを使った、書くトレーニング
  • 際立つ文章を書くために
  • “思考の三角形”を活用しよう-明快な文章を書くために-
  • 翻訳で日本語を鍛える-文章の解体、言葉の再構築
  • 主語は何?結局何を伝えたいの?
  • 会話文から始める 文章表現のヒント
  • 書けるようになる――壁を破るコツ
  • 読む人を意識した文章作法

(2018年秋 第1回〜第9回)

  • 文章には型がある~事実文と意見文を書き分ける
  • すぐに役立つ文章作成法
  • 伝わる文章を書くために
  • 結局何を伝えたいの?~日本語は難しい!
  • 会話文を活用する 文章表現のヒント
  • 推敲力を鍛えよう~そのままでは誰もわかってくれない~
  • 文章のリズムを鍛える
  • 相手のことを考えよう
  • 文章の“二次元”と“三次元”を考えてみよう‐明快な文章を書くために‐

(2019年秋 第1回〜第10回)

  • 書けないことは怖いこと~文章力が要るワケは?
  • 誤字、脱字、変換ミス~本当は怖い、書き間違いや読み間違い
  • 主語は何?結局 何を伝えたいの?
  • 段落、行、句読点~パラグラフ・ライティングのすすめ
  • ちぐはぐ羅列症候群~列挙するときは品詞を揃えよう
  • 「係り」と「受け」の不対応・・・文の帳尻を合わせよう
  • 「事実文」と「意見文」~事実を装った意見を書いていないか
  • 長すぎる一文~短く言い切る勇気をもとう
  • 相手のことを考えるー言い換えよう、説明を補おう
  • ”思考の三角形”を活用しよう Version 2~明快な文章を書くために

私はこの動画をみて勝手に感心し勝手に紹介しているのであり、配信元とは一切無関係であることは言うまでもない。

 

ご意見・お問い合わせ

*1:ただし由来をたどると、ライティングセンターは英文で論文を書く学生を想定して開設され、日本語の文章作成を対象とするようになったのは後年のことらしい。ライティングセンターの歴史や目的については吉田弘子の論文が詳しい。

*2:実施年度が複数年に渡るため、講義内容に多少のダブりがある。