五十の手遊び 佐藤拓夫のライター徒然草

2022年5月に50歳になるのを機にエッセイをしたためるブログを始めました。10年続いたら祝杯をあげよう。

馬頭広重美術館の取材で思い知らされた《学芸員》という存在の影響力

栃木県那珂川町の馬頭広重美術館で開催している「旅する大津絵展」を取材し、学芸員から詳しくお話をうかがった。記事は美術展ナビで読める。

artexhibition.jp

驚いたのは、本館には学芸員が3名しかいないということ。年間8回ほどの企画展を開催することを考えると、人的リソースは本当にぎりぎりだろう。地方の小さな町立美術館であることをふまえてもかなり厳しい条件である。言うまでもないことだが、美術館や博物館のコンテンツは、学芸員のセンスや資質の影響を受ける。たとえ潤沢な予算があっても、学芸員の質が低ければ、企画はありきたりになるので人々の関心は希薄になる。また企画がぱっとしない展覧会は広報も鈍重になるので、ますます認知されず、来館者数が伸びなくなるのだ。人気を博している最近の美術館には、大抵《尖った学芸員》の存在がある。その見地からいえば、馬頭広重美術館の学芸員の見識は目をみはるものがあると思う。

「旅する大津絵展」でフィーチャーした大津絵は、浮世絵と肩を並べるほどの民画として江戸時代に大流行した芸術だ。もっとも、浮世絵のような複雑な製作工程ではなく、土産物として即席で描かれたため、保存状態がよいものは非常に少ない。富岡鉄斎や柳宗悦、梅原龍三郎、海外ではピカソも惚れこんでコレクションしたという大津絵であるが、鑑賞に耐えうる作品が少ないために、世間の認知度は(浮世絵と比べると)絶望的に低いのだ。知っている人がほとんどいない作品を企画のメインにすえて展覧会を開催するわけだから、担当学芸員には相当の勇気がいるだろう。一定の数字を取れなければ学芸員としての経歴に傷がつきかねないのだから。

矜持と心意気を持つ学芸員に会いたい

私が今回の取材で学芸員から感じたのは、美術や博物の専門家としての《矜持》と、大津絵という知られざる芸術を世間の美術ファンに知らしめたいという《心意気》だった。矜持と心意気さえあれば面白い展覧会になる……というわけではないことはもちろんだ。しかし私は、矜持も心意気も持たない学芸員が企画した展覧会を見たいとは思わない。

馬頭広重美術館は公立だから、学芸員は給料と身分が保障されている。そのことに甘んじて、美術や博物に携わる者としての飽くなき探究をやめてしまえば、凡庸で退屈で、出がらしのお茶のような味気ないコンテンツになる。「旅する大津絵展」の背後に見え隠れするのは、浮世絵専門美術館としての着眼だけではないだろう。「文化的価値があるテーマは、たとえマイナーであっても臆せず積極的にとりあげる。この地域に暮らす人々に、美術の素晴らしさをもっと知ってもらいたいから」という純度の高い熱いメッセージが込められているのだ。