五十の手遊び 佐藤拓夫のライター徒然草

2022年5月に50歳になるのを機にエッセイをしたためるブログを始めました。10年続いたら祝杯をあげよう。

言葉を深める《学び》に向き合う覚悟はあるか

人間は生まれ落ちた境遇によって人生を少なからず左右される。これはあらがえない現実だろう。

もっとも自らの境遇に振り回されること自体はさほど問題ではない。肝心なのは、右に左に振り回されるままにせず、どうにかして元に戻してやろうとする意思と行動だ。

これを《自助》と呼ぶかどうかはともかく、他人の助けばかりあてにしていたら、そもそも人生を楽しめない。自分の頭で考え、自分の足で歩くことさえできるなら、人生は大抵どうにかなるものではないだろうか?

糸井博明さん(48歳)が歩いてきた道程は、この問いに対する一つの答えだと言えるだろう。

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糸井さんは長期間にわたる引きこもりの経験者である。中学2年で不登校になり、31歳まで部屋を出ることなく、ひたすらテレビを見ていたという。統合失調症の診断を受けて閉鎖病棟に入院したこともあった。

引きこもりと統合失調症が重なると、社会に出ることは非常に困難だろう。私も統合失調症を患う家族と暮らしているから、そのつらさはよくわかる。

しかし糸井さんは、人生をあきらめなかった。《学び》に救いを見出した糸井さんは、まず部屋から出た。たった一歩、敷居をまたぐために、どれだけ巨大で深刻な決意があったことだろう。

妄想とテレビ番組だけの世界と縁を切った糸井さんは、さまざまな仕事を経験しながら通信制高校に入学した。高校卒業後は佛教大学の通信教育課程に進学し、郵便局で働きながら7年半かけて卒業証書を手にする。現在は障害者や保護者のための相談員を目指し、さらなる学びを重ねる日々だ。

糸井さんを学びに駆り立てたのは、「自己表現をしたい、自尊心を取り戻したい」という純粋な気持ちだった。未知の世界を知ることは、己の視野を広げ、言葉を深めてくれる。それが自己表現の幅を広げてくれるし、表現が巧みになればやがて自尊心も芽生えてくる。糸井さんは、学びの大いなる可能性を信じぬき、見事に人生を切り開いたのだ。

人生とは結句、学びの連続である。オギャーと産声を上げてから、千日万日の経験が学びとなり、肥やしとなり、人格を育む。

ただ、人間の脳は負荷を避けるようにプログラムされている。したがって厳しい学びに身を委ねることは、誰でもたやすくできるものではないだろう。学び続ける自分であるためには、膨大なメンタルエナジーを消費する。知識を得、思考を磨くための時間は、同時に精神をいじめる時間でもあるのだ。

糸井さんは生来の境遇や特性を言い訳にせず、心を鍛える日々を乗り越えた。その厳しく孤独な旅路の果てに、自立というかけがえのない幸せを手にした。

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ライターは書くことを生業とする。書くためには言葉が必要だ。言葉とは知識・経験・思考の結晶であるから、それまでの人生における学びの深さがそっくりそのまま現れてしまう。浅い学びで満足していたライターの書く文章は薄くて軽い。深い学びを重ねてきたライターの言葉は、知らぬまに重みを増し、光と影を交互に宿すようになる。ゆえに読者の目には「厚みがあり、近視眼ではなく、多角的で重層的だ」と映る。

では、私の学びの道程はどうだったのだろうか。

50歳、ライター歴17年を迎えたいま、それなりに功をなし、そこそこのキャリアを築いていてもおかしくはない。だが残念ながらそうではない。私の軽薄な半生の原因はさまざまだが、結句、己の言葉を深める覚悟がまだまだ足りなかったのだろう。

知識をひけらかしたり、他人をねじふせたり、地位や名誉を獲得したりする手段ではなく、人生を支える杖としての学びにもう一度真摯に向き合おうーーそんな、青臭くて純な誓いを立てるのに相応しい、深くしずかな冬がシトシトと近づいている。