五十の手遊び 佐藤拓夫のライター徒然草

2022年5月に50歳になるのを機にエッセイをしたためるブログを始めました。10年続いたら祝杯をあげよう。

自分だけのチカラで生きていくことの難しさ〜日本の「自立」の現状

 

偶然目にしたこの動画に目が釘付けになった。

youtu.be

引きこもっている人を外の世界に連れ出す仕事は現代日本ならではかもしれない。日本が引きこもり大国であることは、「Hikikomori」という言葉が海外の精神医学の講義で専門用語として使われていることからもわかる。「自分たちの力ではどうにも手に負えない」と観念した家族が、自立支援団体を名乗る組織に依頼する。すると施設スタッフが訪ねてきて、当事者を説得し、施設に連れて行く。引きこもっている本人からすれば《天災》だろう。突然降って湧いた訪問者に抵抗することがほとんどだ。しかし、この他力本願の機会を逃すと、自力での再生はかなり難しくなるのが現実だろう。

自立支援というと聞こえがいいが、中には粗悪なやり方もあって、ほとんど有無を言わせず力ずくで連れ出す事例もある。施設に連れていったあとも常時監視して外出を許さないなど、人権侵害が横行している施設も残念ながらある。その点、このYouTube動画のドキュメンタリーでは、なんとも粘り強く、誠実な態度で当事者を連れ出す様子がうかがえる。動画は24分でまとめられているが、実際は数時間におよぶ説得があったのだろう。絶対に施設にはいかないという素振りで施設スタッフと執拗に論戦していた当事者が、最後は笑顔を見せながら玄関の外へと歩みをすすめた。「一体、どんな説得をしたのだろう?」と、このスタッフに取材したくなるではないか。

親離れできない子供は至るところにいるが、親離れできない大人もいる。大人の引きこもりがどれくらい存在しているのか正確な実態は誰にもわからないが、国の調査(平成30年度)によると、満40歳から満64歳までの引きこもりの出現率は1.45%で、推計数は61.3万人に達するそうだ。

以上は、大人の引きこもりの事例だ。引きこもりや不登校の当事者が子供であるなら、類似する事例が多いこともあって、優れた対策をもって子供たちを引き受け、自力更生へと導く施設は少なくない。この動画の施設のように有料のところが大半だが、中には寄付や補助金、イベント収入などで運営している無料の施設もある。私が以前取材した自立援助ホーム《星の家》も、さまざまな問題を抱えた子供たちを無料で引き受けていた。自立援助ホームとは、15歳から20歳までの子供を対象とする支援施設だ。

www.jiritsu.org

児童養護施設や里親などで暮らしていた子供たちは、18歳になると養護の枠から外れる。とはいえ、18歳になった途端に自立できるわけではない。そこで自立援助ホームが子供たちを引き取る役目を負うことになる。ほかにも、中学卒業後に親とのトラブルが原因で家出をしたケースなど、レールから外れてしまった子供たちを引き取り、家族として共に生活しながら育て直しをするのも自立援助ホームの大切な仕事だ。

drive.google.com

「星の家」という施設名は、創設者である星俊彦さんの名字が由来だ。栃木県では自立援助ホームの先駆けであり、四半世紀に渡って寄る辺のない子供たちの「我が家」としてひっそりと活動していた。その星俊彦さんが、今年の9月に69歳でお亡くなりになった。私が取材したのは2012年の夏のこと。子供たちと星さん夫妻が共同生活を送る星の家を訪ね、4時間ほどお話をうかがった。星さん以外のスタッフはあまりいなくて、子供たちとのコミュニケーションの大半を星さん自ら引き受けている状態だった。そのためか、どことなく疲れた様子が表情にあらわれていて、「果たしてこの先、星の家がどこまで子供たちを守っていけるだろうか……」と心配になったことをおぼえている。

社会的養護が必要な子供の数は(微減し続けているものの)全国で4万人を超えている。栃木県では、里親・乳児院・児童養護施設が預かってる子供は611人いる(令和4年3月時点)。先述の通り、里親や養護施設は18歳までが対象であり、それを超えると社会に出ることを強要される。いきなり養護の外の世界に放り出されて「今日から君は一人で生きていくんだぞ!頑張れ!!」と背中をバシバシ叩かれても、自活のスキルも経験もない子供たちは途方に暮れるほかない。

日本では2022年4月から成年年齢が18歳に引き下げられた。成年の定義はいろいろある。身体的・精神的成熟だとか、単独で契約できることとか。しかし、成年の最も端的な属性は「一人で生きていけること」なのではないか?そうであれば、里親や施設を卒業したばかりの子供たちを、ひとくくりに成年として扱って自活を強いるのはあまりにも性急ではないだろうか。

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「星の家」のホーム長 星俊彦さんは、文字通り空の上で光り輝く星となった。これからもずっと子供たちを見守ってくれることだろう。しかし、星の家で暮らしている子供たちは、これから実社会で生きていかねばならない。いずれはホームを出て、働いて金を稼ぎ、人生を全うしなければならない。壁にぶつかることも当然多いだろう。そんなときに待ち受けているのが、《大人の引きこもり》というエアポケットだ。恵まれない境遇で育った子供たちが、大人になってから固く心を閉ざしてしまったら……。回復は極めて難しくなるのではないか。そんな想像が杞憂に終わることを願いながら、くだんのYouTube動画を何度もリプレイしていた。

 

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