
滋賀県大津市の保護司だった新庄博志さんが、保護観察中の男に自宅で殺害された事件を覚えているだろうか。
2024年5月に発生したこの事件の刑事裁判がスタートした。この痛ましい事件は、日本の社会福祉が抱える致命的な欠陥を突きつけた。
動き出した制度改正、しかし消えゆく担い手
今回の事件を受け、ようやく国も保護司制度の改正に動いた。安全確保のために複数の保護司による支援や、自宅以外の面談場所を確保することが盛り込まれた。
しかし保護司の未来は明るくない。内閣府が2025年11月〜12月に行った世論調査でも、8割以上の人が保護司を「引き受けたくない」と答えている。大津の事件が大きく報道されてしまったことで保護司の担い手を確保することはいよいよ難しくなった。
善意を搾取する社会のインフラはいずれ崩壊する
保護司は法務大臣に委嘱された非常勤の国家公務員でありながら、実態は無報酬のボランティアである。その重責を考えるなら、ボランティアという処遇は異常というほかないだろう。
保護司に限った話ではない。地域の独居高齢者をサポートする民生委員。火災に立ち向かう消防団。絶望の淵にある人の声を傾聴するいのちの電話。いずれも手弁当のボランティアだ。
私の祖母も保護司だった。自宅には指のない男や刃物傷のある男たちが当たり前に面談に来ていた。
今の時代、こうした高いリスクと重い責任を伴う業務を無防備な個人に頼るのは、国としてあまりに無責任ではないか?
個人の善意に依存する社会システムは必ず限界を迎える。保護司や民生委員の実態はほとんど正式な公務員と変わりないのであるから、有償の公務員としてきちんと制度化するか、それが難しいのであれば民間事業者に有償委託するべきだとの声はもう何十年も前から現場からあがっていて、国にも要望は届いているのだが、抜本的な変革の動きはまるで見えない。